修正依頼を無限対応にしないための線引き
木曜18時、完了連絡のあとに通知が鳴る
「これ、修正の範囲だよね…? でも、最初の話からは少し広がっていない?」
木曜の18時。管理画面の小さな改修を終えて、「対応完了しました」と連絡する。今回の依頼は、一覧画面に検索条件を1つ足すことだった。画面で条件を選べる。検索結果も絞り込める。軽く確認して、今日はここで一区切りにできると思った。
その5分後、相手から返信が来る。
確認しました。ありがとうございます。 ついでにCSV出力にも反映できますか? あと、スマホで見た時の表示も少し気になりました。 文言も、営業側の言い方に合わせたいです。
ひとつひとつを見ると、無茶な話には見えない。CSVも必要そうだし、スマホ表示も気になる。文言を営業側に合わせるのも、使う人のことを考えれば自然だ。
でも、手は止まる。
ここで「追加です」と言ったら、細かい人だと思われないかな。納品直後にお金の話をすると、感じ悪いかな。今後の仕事に響いたら嫌だな。
そう考えているうちに、返信欄に「確認します」と打ち始める。少し胸が重いのに、相手を待たせる沈黙の方が怖い。結果として、作業量を見積もる前に受け取ってしまう。あとからタスクを書き出して、ようやく気づく。
これ、今日で終わるはずだったのに。
修正依頼で苦しくなるのは、相手が悪いからだけではない。むしろ、相手もちゃんと使えるように確認してくれていることが多い。つらいのは、不具合なのか、修正なのか、追加なのかに名前が付かないまま、自分の善意で吸収し続けること だ。
この記事では、強く断る言い方ではなく、修正依頼を無限対応にしないための線引きを整理する。相手を責めず、でも自分だけが黙って抱えないための戻り方を見ていこう。
つらいのは、作業より「名前がない」こと
「少しだけ直してください」と言われると、断りづらい。少しだけならやった方が早い。ここで揉めるくらいなら、今日の夜に片づければいい。そう考えてしまう。
これは、責任感がないから起きるわけではない。むしろ、相手の期待を落としたくない、仕事をきれいに終わらせたい、次も頼んでもらいたいという気持ちがあるから起きる。だからこそ厄介だ。前向きな気持ちが、そのまま無償の追加作業に変わってしまう。
「相手も悪くない」が、抱え込みを強くする
木曜の管理画面の例でも、相手の依頼は自然だった。実際に業務で使うなら、CSVにも同じ条件を入れたくなる。スマホで見る人がいるなら、表示も確認したくなる。営業側の言葉に合わせたい、というのも理解できる。
ここで「相手がおかしい」と整理できれば、まだ線を引きやすい。でも現実には、相手の言い分にも理がある。だから受ける側は、「ここで止める自分の方が冷たいのでは」と感じてしまう。
この気持ちが続くと、仕事上の行動も狭くなる。確認せずに即答する。追加費用の話を後回しにする。心の中では引っかかっているのに、チャットでは軽く返す。あとから苦しくなっても、「自分で大丈夫と言ったし」と黙る。
線引きは、相手を疑うためではなく、自分の沈黙を減らすために置くもの だ。ここを間違えると、契約条件の話が急に冷たい交渉に見えてしまう。
「修正込み」の一言だけでは守れない
小さな案件では、「軽微な修正込み」「多少の調整込み」と書くことがある。もちろん、これは必要な場合もある。納品物に明らかな不備があれば直す。合意した画面の文言が少しズレていれば整える。そこまで毎回別見積りにしていたら、仕事は進めにくい。
ただ、「修正込み」の中身を決めないまま走ると、全部が同じ箱に入る。
- 合意した動作を満たしていない不具合
- 合意した範囲へ近づける調整
- 別画面、別データ、別部署に広げる追加要望
- もっと良くするための改善案
これらは、同じ「修正お願いします」という言葉で届く。でも、受ける側の責任も、必要な時間も、金額の扱いも違う。
公正取引委員会のフリーランス法特設サイトでは、業務委託時に給付の内容、報酬額、支払期日、受領日、検査完了日などを明示する考え方が整理されている。個別の法律適用は案件ごとに確認が必要だが、実務の入口としても大事なのは同じだ。まず、何を頼まれていて、いつ何を確認し、いくらで受けているのかを曖昧にしない。
「修正込み」は便利な言葉だ。けれど、それだけでは守れない。守るには、「何に近づける修正なのか」まで見える必要がある。
修正・不具合・追加を同じ箱に入れない
では、どう分けるか。最初から完璧な契約書にしなくてもいい。まずは、依頼が来た時に次の3つへ置き直すだけでかなり変わる。
- 合意した状態に届いていないもの
- 合意した状態へ近づけるもの
- 合意した状態から広げるもの
この3つに分けると、「やる・やらない」より先に、「何の話か」が見える。
1. 合意した状態に届いていないなら、不具合として直す
たとえば、一覧画面に検索条件を足す約束だったのに、条件を選んでも検索結果が変わらない。指定ブラウザでボタンが押せない。保存されるはずの値が保存されていない。
これは、合意した状態に届いていない。受ける側の不備なら、修正対応として直すのが自然だ。
ここは変に逃げない方がいい。線引きという言葉を使うと、何でも追加扱いにする話に見えやすい。でも、そうではない。合意した範囲の不備は直す。合意した範囲を超える話は別に置く。 この両方があるから、相手も安心して依頼できる。
2. 合意した状態へ近づけるなら、修正として扱う
次に、文言の小さな調整や余白の微修正のように、最初の目的へ近づける依頼がある。
管理画面の例なら、検索条件のラベルが少し分かりにくい。条件を選ぶ場所が目立たない。表示順を変えると使いやすい。こうした調整は、合意した画面を使いやすくするための修正として扱えることが多い。
ただし、ここでも無制限にはしない。回数だけで決めると揉めやすいが、目安は必要だ。
納品後5営業日以内に、合意済み範囲に関する軽微な修正を1回分まとめて対応します。
このように置いておくと、「思いついた順に何度も飛んでくる修正」を減らせる。相手にとっても、社内の指摘を一度まとめるきっかけになる。
3. 合意した状態から広げるなら、追加として整理する
CSV出力にも同じ条件を反映する。別部署向けの文言に変える。スマホ表示まで確認する。過去データの集計にも反映する。
これらは、必要な対応かもしれない。ただ、最初の「一覧画面に検索条件を足す」からは広がっている。だから、いきなり断る必要はないが、同じ修正箱に入れない方がいい。
公正取引委員会のフリーランス法Q&Aでも、受ける側に責任がないのに、発注内容の変更や受領後のやり直し、追加作業を行わせる場合に、作業に必要な費用を発注側が負担しないことが問題になり得ると整理されている。法律名を前面に出して相手を責める必要はない。ただ、追加作業には追加の時間と費用がかかる、という感覚は自分の中に持っていていい。
ここで大事なのは、「できるか」と「今回の条件で含めるか」を分けることだ。CSV対応は技術的にはできる。スマホ確認もできる。だからといって、今の見積りと納期に黙って入れるとは限らない。
できるけれど、今回の範囲とは別に整理したい。
この一文を自分の中に持てるだけで、反射的な「大丈夫です」から少し離れられる。
返し方は、断るより先に「戻る場所」を作る
線引きは、言い方を間違えると冷たく見える。だから「これは範囲外です」とだけ返すより、まず何に戻っているのかを示した方がいい。
戻る場所は、契約書でなくてもいい。見積書、発注書、メール、チャット、会議後のメモ。そこに「今回の範囲」が残っていれば、会話はかなり落ち着く。
IPAの「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」でも、システムの仕様、プロジェクト管理方法、検収方法について、ユーザ企業とITベンダが共通理解のもとで対話を深めることへの期待が示されている。検収は、納品物を相手が確認してOKを出すことだ。最後に急に揉めるより、最初から「何を確認するか」を置く方が、お互いに楽になる。
着手前に置く一文
小さな案件でも、着手前にこのくらいは置ける。
今回の範囲は、対象の一覧画面に検索条件を追加し、画面上で検索結果が絞り込まれることの確認までとします。CSV出力、別画面、スマホ表示の追加調整が必要になった場合は、別途見積りとして整理します。
完璧な条文ではない。でも、かなり効く。画面、操作、確認範囲、追加扱い。この4つがあるからだ。
もう少し柔らかくするなら、こうでもいい。
納品後に認識がずれないよう、今回どこまでを含めるかだけ先に揃えておきたいです。後から別画面やCSVへの反映が必要になった場合は、必要性を見て追加対応として相談できればと思います。
この言い方なら、相手を疑っている感じは出にくい。「丁寧に進めたい」という温度で置ける。
走っている案件なら、確認メモに戻す
すでに着手していて、今さら契約の話を出しにくいこともある。その場合は、強い条件変更ではなく、確認メモとして戻す。
認識ずれを防ぐため、現時点の範囲を一度整理します。
今回の対応範囲: 一覧画面への検索条件追加 修正として見るもの: 合意済み画面内の表示崩れ、不具合、文言の軽微な調整 追加相談にしたいもの: CSV出力、別画面、スマホ表示の追加調整
これなら、「急に断った」のではなく、「今の現在地を整理した」形になる。相手も、必要なら「CSVは今回どうしても必要です」と返せる。そこから納期や費用を相談すればいい。
中小企業庁の価格交渉・転嫁の支援ツールでも、価格交渉では理由を明確に示し、準備することが大切だと整理されている。追加費用の話も同じだ。金額だけを先に出すと気まずい。先に、何が増えたのか、何を変える必要があるのかを見せると、話は進めやすくなる。
木曜18時の返信は、こう変えられる
最初の場面に戻る。納品後にCSV、スマホ、文言の依頼が来た時、反射的に「全部確認します」と返さなくていい。
たとえば、こう返す。
ご確認ありがとうございます。 一覧画面の検索条件について、不具合や表示崩れがあれば修正対応として確認します。 CSV出力、スマホ表示の追加調整、営業側文言への反映は、当初範囲から広がるため、必要な作業を整理して別途見積りまたは納期調整でご相談します。 まず本日中に、修正対応で見るものと追加相談にしたいものを分けてお送りします。
少し長い。でも、相手を責めていない。依頼を拒否してもいない。修正として見るものと、追加相談にするものを分けているだけだ。
ここまで一気に書くのが重ければ、最初の一文だけでもいい。
ありがとうございます。修正対応で見るものと、追加相談にしたいものを分けて確認して返します。
この短い一文があるだけで、その場で全部を飲み込まずに済む。
最後に
修正依頼を無限対応にしないために必要なのは、相手を突っぱねる強さだけではない。むしろ、相手の自然な要望を、同じ箱に入れすぎないことだ。
合意した状態に届いていないなら、不具合として直す。合意した状態へ近づけるなら、修正としてまとめる。合意した状態から広がるなら、追加として相談する。これだけでも、納品後の会話はかなり落ち着く。
次の案件で、いきなり完璧な契約書を作らなくていい。まずは見積りや着手前のメールに、今回の範囲、修正として見るもの、追加相談にするものを3行だけ残してみる。木曜18時に手が止まった時、戻れる場所があるだけで、気持ちは少し軽くなる。
修正依頼を受けることと、全部を今の条件で抱えることは別だ。 その線が見えると、相手にも丁寧に返しやすくなるし、自分の仕事も守りやすくなる✨
修正範囲、追加対応、検収まわりの線引きが曖昧な案件は、早めに言葉へ戻すと守りやすくなります。ひとりで抱え込まず、今の案件に合わせて整理してみましょう。