同じ仕事をしている人の単価を聞いた。帰り道、自分だけが安く見えた
「月82万円。そっちも同じくらいじゃないの?」
水曜18時25分。物流会社の在庫管理システムを支えていたエンジニアは、障害対応を終えた帰りに、隣のチームのフリーランスからそう聞かれた。
二人は同じ会議に出て、同じAPIを触り、夜間の障害でも一緒に原因を追っている。経験年数も大きくは違わない。けれど、自分の月額は63万円だった。
「自分はまだ、そこまでじゃないから」と笑って返した。相手が悪いわけではないし、その場を気まずくしたくなかったからだ。
駅へ向かう間、胸の中には別の言葉が残った。
同じ仕事に見えたのは、自分だけだったのか。知らないところで、評価に値しない動きをしていたのか。
悔しいのに、誰かへ確認するのは怖い。紹介会社へ聞いて「その金額が妥当です」と言われたら、実力不足が確定する気がした。翌朝、エンジニアは単価の話をしないまま、頼まれていた運用手順書まで引き受けた。仕事を増やせば差を埋められると思ったからだ。
その週は、問い合わせが来るたび先に返し、会議が終わるたび自分から議事録を作った。普段なら相談する作業も、評価を落としたくなくて一人で抱えた。金曜の夜、手順書を直しながら、同僚の82万円が何度も頭へ戻ってきた。追いつこうとしているのに、何をすれば追いつけるのかは分からない。この頑張り方はかなり苦しい😶
でも、単価差を知った直後に仕事を増やしても、差が生まれた理由は分からない。 自分だけを責める前に、契約と評価がどの経路を通っているかを見る必要がある。いわゆる「商流」の確認だ。
この記事の場面は、複数の相談で見た出来事を組み合わせ、業種と金額を変えている。商流を見れば必ず単価が上がる、という話ではない。あの帰り道で自分の価値を決めつけず、次に確認できる事実を増やすための話だ。
「同じ現場にいる」は、「同じ契約でいる」ではない
商流とは、顧客の依頼が、どの会社や個人との契約を通って自分へ届いているか、その流れを指す。
物流会社から開発会社へ発注され、開発会社から人材会社へ業務の一部が委託され、その人材会社とフリーランスが契約している。そんな経路もある。一方、同じ会議にいる別の人は、開発会社と直接契約しているかもしれない。
ここで雑に「間の会社が多いから、その分だけ抜かれている」と決めるのは早い。営業、契約管理、請求、支払いの立て替え、トラブル時の調整を担う会社もある。二人の契約範囲、稼働時間、責任、更新条件が違うこともある。
現場で似た仕事をしていることは、契約条件まで同じだという証明にはならない。 だから比較をやめるのではなく、まず違いを三つに分ける。
- 自分が誰と契約しているか
- 契約上、何をどこまで引き受けているか
- 自分の動きを誰が見て、判断者(継続や条件を決める人)へ伝えるか
エンジニアは、紹介会社の管理画面、業務委託契約書、発注時のメールを開いた。そこに書かれていたのは「バックエンド開発支援」という広い役割と、月額、精算幅、支払日だった。精算幅とは、月の稼働時間が決められた範囲を外れた時に、報酬を増減する条件だ。障害時の切り分け、運用会議の進行、手順書の作成は明記されていない。
次に、同僚との違いを想像で埋めるのをやめた。経験年数、担当機能、夜間対応、契約期間について、本人から聞いてよい範囲だけを比べる。似ていたのは日々の実装と障害対応で、違っていたのは契約期間と、顧客への提案を任される範囲だった。月額20万円の差を説明し切れる材料ではないが、「完全に同じ条件なのに自分だけ安い」という前提は一度ほどけた。
実際の仕事は広がっているのに、契約上の役割は参画時のまま。このずれが見えた時、最初の問いが変わった。
自分は安い人なのか ではなく、増えた仕事は、条件を決める人まで届いているのか だ。
まず確認するのは、相手の請求額ではなく自分の契約
単価差を知ると、「顧客はいくら払っているのか」「紹介会社にいくら残るのか」を聞きたくなる。けれど、相手の契約金額や利益の割合を、こちらがいつでも確認できるとは限らない。守秘義務の対象になっている場合もある。
一方、自分が当事者になっている契約は確認できる。対象となる業務委託では、フリーランス法により、発注者は業務内容、報酬額、支払期日などの取引条件を、書面やメールなどで明示する必要がある。再委託に関する支払期日の例外を使う場合は、再委託であること、元の発注者の名称、元の業務の支払期日も明示事項になる。
ただし、この制度は「最終顧客が払う金額」や「間に入る会社の利益率」まで、フリーランス本人へ一律に開示させるものではない。法律が単価差の理由を説明してくれるわけでもない。
確認する順番は、次の通りになる。
- 契約上の事実: 契約相手、業務内容、報酬額、精算条件、支払期日、契約期間
- 制度の説明: 対象となる取引条件は書面やメールなどで明示される
- 自分が確認すること: 実際に増えた役割、評価を伝える相手、次に条件を見直す時期
同じ法律では、フリーランス側に責任がないのに合意した報酬を後から減らすことや、不当に仕事の内容を変えたり、やり直しをさせたりすることも禁止されている。ただし、「隣の人より安い」という事実だけで、直ちに違反になるわけではない。比較の悔しさと、自分の契約で確認できる問題は分けて扱う。 ここを混ぜない方が、相手にも話を持ち込みやすい。
単価を決める人へ、普段の仕事はどう届いているか
契約を見た次は、評価の経路を追う。
エンジニアの日々の窓口は、物流会社のプロダクトマネージャーだった。だが、契約更新の連絡は紹介会社から来る。紹介会社が開発会社へ実績を伝え、開発会社が物流会社と次の体制を話す。現場で「助かった」と言われても、その言葉が二社を越えて自動的に条件へ反映されるわけではない。
この時、会社名をきれいな図へするだけでは足りない。直近8週間の出来事を、誰が見たかまで並べる。
- 障害の一次切り分けを4回した。現場担当は見ているが、紹介会社へは伝えていない
- 運用会議の論点を毎週まとめた。議事録は顧客と開発会社へ共有されている
- 手順書の作成を頼まれた。まだ契約範囲や金額は確認していない
- 次の契約更新を誰が判断するか、紹介会社へ聞いたことがない
「一次切り分け」は、障害が起きた時に、影響する利用者、再現条件、直前の変更を先に調べ、担当チームが原因を追える状態にする仕事だ。単にエラー画面を転送したのではない。四回のうち二回は、在庫連携ではなく外部配送サービス側の遅延だと整理し、不要な調査を止めていた。
こうして具体的に書くと、エンジニア自身の見方も変わった。これまでは「みんなが困っていたから手伝っただけ」と考えていた。だが、繰り返し任され、次回も期待されるなら、それは善意の一回ではなく役割になり始めている。回数と相手側で止められた作業まで書くと、紹介会社も顧客へ説明しやすくなる🧾
ここで見えたのは、「価値が途中で消えた」という断定ではなかった。条件を話す相手へ、自分から事実を渡していなかったという、動かせる部分だ。
商流が長くても、担当者が役割を具体的に説明し、顧客の評価を拾ってくれる案件はある。逆に、契約相手が顧客に近くても、仕事が「開発要員一名」としか伝わらなければ、増えた役割は見えにくい。会社の数だけで良し悪しを決めず、誰がどの言葉で自分を説明しているかまで見る。
商流の各位置で何が価値になるかは、同じ仕事でも単価が変わる理由。商流で変わる「価値の見え方」でも整理している。
「マージンはいくらですか」より先に、三つを聞く
エンジニアは紹介会社との面談で、他人の月額を出さなかった。比較から始めると、契約の違いや守秘義務の話で終わる可能性が高いからだ。代わりに、自分の仕事について三つ聞いた。
次回の継続と条件は、どの会社の誰が判断しますか。
今の私の役割は、先方へどのように伝わっていますか。
障害対応と運用整理を次期も持つ場合、いつまでに実績と希望条件を出せばいいですか。
担当者の返答は、「バックエンドの実装担当として伝えている」だった。現場で増えた役割は、紹介会社も把握していなかった。
ここで「そんなに見てくれていなかったのか」と腹が立つこともある。逆に、これまで報告しなかった自分を責めたくもなる。でも、誰のせいかを決めても次の条件は動かない。エンジニアは、障害対応の回数、会議で整理した論点、運用担当から受けたコメントを一枚にまとめた。
単価の根拠を仕事の事実から組み立てる方法は、「単価を上げたい理由は?」と聞かれたら、何も言えなくなったにつながる。
そして、手順書にはその場で「やります」と答えず、こう返した。
現在の契約はバックエンド開発支援となっています。運用手順書を次期も含めるか、作業量と更新条件を紹介会社と確認して、明日15時までに返答します。
断ってはいない。金額を持ち出して相手を責めてもいない。今の契約上の事実と、これから確認することを分けただけだ。即答を止めると、悔しさを追加労働へ変えずに済む。
帰り道に決めた自分の値段を、事実で決め直す
次の更新では、希望額がそのまま通ったわけではなかった。それでも、役割は「バックエンド開発と運用改善支援」へ変わり、月額は7万円上がった。手順書は今の期間の追加作業として一度だけ対応し、次期からは役割に含める合意になった。
更新の連絡を読んだ時、最初に出たのは喜びより安堵だった。82万円には届いていない。それでも、理由の分からない差に追い立てられ、夜まで仕事を足す状態からは戻れた。次に役割が増えた時も、黙って埋める前に契約と評価の経路へ戻ればいい。その逃げ道が見えたことで、肩の力が少し抜けた。
単価差がすべて商流で説明できたわけではない。同僚とは責任範囲も契約期間も違った。それでも、エンジニアは自分を安い人だと決めつけるのをやめられた。差を見た時に確認する順番が分かったからだ🙂
- 自分の契約書と発注内容を開く
- 増えた仕事を、見ていた人と一緒に書く
- 継続と条件を決める人、役割の伝わり方、見直し時期を聞く
次の案件を選ぶ時も、月額や有名企業という表示だけで決めない。誰が優先順位を決めるか、仕様変更はどこで確定するか、自分の提案を誰が評価するかを参画前に聞く。条件のよさに惹かれつつ不安が残る時は、条件はいい。でも、この案件を受けるのがなぜか怖いも判断材料になる。
同じ仕事をする人の単価を聞けば、胸はざわつく。悔しくなるのは自然だ。けれど、その夜の気持ちだけで、自分の値段まで決めなくていい。
単価差を知った日に増やすべきなのは仕事ではなく、契約と評価が届く経路についての事実だ。 事実が一つ増えれば、「もっと頑張ります」以外の返事を選べる。